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オープニングのこの美しい映像は……
.
映画『GATTACA』より 「The Departure」
皆さんこんばんは。
ここ数日、ゲノム編集で誕生した(と言われている)双子のことが話題ですが、それに関連して耳にする「デザイナーベイビー」という言葉。
今夜はこの言葉に触発されて思いついた短編をアップしてみます。ちょっとおふざけが酷いかな……
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
男は、ある病院の一室で短い啓蒙ビデオを見せられていた。
「♡ ウェルカム マイ デザイナーベイビー ♡」
小洒落たデザイナーズマンションのリビングからメトロポリスを見下ろす様子を背景に、♡マークで囲まれた文字が浮かび上がった。昔は出産を控えた妻を持つ男が父親学級に参加したらしいが、今は子供を持ちたいと思うや否や、なぜか近くの産婦人科でこのビデオを見せられる。政府が新たに決めたコンプライアンス規定らしいが、男は頻繁に出てくるピンクの♡マークが、よく通う風俗のお店を思い出させて落ち着かなかった。
画面はマンションからの遠景に続いてごく普通の男女を映し出す。ショッピングモールで出会いそうなふたりでな~んの特徴もない。夫役は俳優のオイカワに似ているが、妻役はダンレイさんには似ても似つかない。そりゃそうだろ、妻がダンレイさんなら、そもそもデザイナーベイビーじゃん。
そんな男のひとりツッコミはさておき、映像はふたりに挟まれた青い目のベイビーに変わる。やわらかな金髪が、なぜか風にそよいでいた。
「どうです? ええやんこれ、って思いましたよね?」
小指にデカいカレッジリングを嵌めたブ男が、中途半端な関西弁で話しかけた。( ̄▽ ̄)ニヤリと笑う下品な顔が醜い……そう、ケイシイタカミネみたいだ。
「ええ、まぁ…… でも私には関係のない世界ですけど」
そりゃそうだ。
男はフットのイワオに似ている。あいつはブサカワだが、おまえはただのブサイクと言われ続けた。どこがどう違うんだ? と鏡を見るがブサカワとブサイクの区別はなかなか難しい。
「それに、ヨメハンも……」
そう言いかけて止めた。男の妻はオカリナに似ている。が、見ようによってはカワ(・∀・)イイ!!じゃねーか、男はマジでそう思っているのだ。
「いえいえ、ご主人。ご主人さえご決断なされば、こんな顔くらい、おちゃのこさいさいですから」
胡散臭いカレッジリングのブ男は自信満々にお茶漬けを掻っ込む真似をして( ̄▽ ̄)ニヤリと笑った。笑いのツボが違うから、関西人ではなさそうだ。
そんなことにはお構いなく、ブ男はおもむろに螺旋のDNAモデルを男の前にデンと置いた。前置きは終わったらしい。
「いいですか、ご主人。子供の身体的特徴というのはですね、こことここ、それからここもかな。まあこっちも入れとくか、ついでにここ……、まあこんなもんだろ。ねっ、ご主人、この三っつ四っつのパーツをちゃっちゃっと切ってですね、お好みのパーツと交換するだけで、どーにでもなるんですよ」
ブ男は塩基モデルのいくつかを別の色のものに取り換えて、ほら、と男の前に差し出した。男が手にしたモデルは、もう何千回も使い廻されているのだろうか、一部が欠けたり色が剥げたりしている。
「ここを交換するとどうなります?」
男はぐるぐるとモデルを回しながら、生々しいピンクで色付けされた塩基のひとつを指先でつまんでみた。
「そこですか? えーっと、ちょっとお待ちくださいね…… ABの775568番ね…… あー、そこはおっぱいのサイズですね。デフォルトは1ですが2にして豊満にもできますよ。そうします?」
「えっ…… 妻のでもないしなぁ、デフォルトでいいです」
「そうですね。バランスが妙なのもね。ここはデフォルトがお勧めです」
そう言って、ブ男はピンク色の塩基をなぜか嬉しそうにスリスリした。
「こんなふうに作り上げていくんですよ。楽しいでしょ? 突然生まれてこんにちわ、と言われるより、おー、これがオレの作り上げた作品かぁ、とお父さん方は皆さん満足されるようですよ。実際、自分の子供かどうかなんて男にはわからないものですしね」
ブ男の言葉は、確かに、と納得させるものがあった。男は昔からプラモデルには目がない。パーツのひとつひとつを丁寧に色づけしてから嵌め込むこと自体が楽しいことはよく知っているのだ。意外に楽しいかも、男はそう思い始めていた。
「ここをこれに変えるとオリンピック出場選手クラスの運動能力を手に入れられます」
ブ男は薄茶色の塩基をテカテカした褐色のモデルに変更した。
「そ、そんなこともできるんですか?!」
「ええもちろんで
。ただし、これは現時点での能力ですから、20年後の標準記録を上回れるかどうかまでは保証しませんけど」
「そこを保証してもらう方法はないんですか?」
「そこはオプションになりますね…… 医療点数が+200となりますがどうなさいます? 足しときます?」
「そ、そうですね。同じなら、やっぱり……」
「ですよね~。一生に一度のお買い物ですもんね。皆さん、このオプションは選ばれます」
ブ男は褐色のパーツに嵌めかえると、やはり嬉しそうにモデルをスリスリした。
「ほら、お父さんもやってください。こうやってスリスリしてると愛情沸きますよ」
そう言われてただのプラスチックをスリスリしてみると、ソフトラバー製のモデルは妙に生温かく、父性本能を刺激した。
「でもなぁ…… ボクは髭濃いし。背も低いし小太りだし……」
男は楽し気な顔を曇らせた。毎朝見ないわけにはいかない鏡に映る自分の顔でも思い出したのだろう。
「ですから、大丈夫ですって。関係ないですから、あなたには!」
ブ男は断言した。おいおい、そう断定的に言い切っていいのかよ、金融商品取り扱いならきっとコンプライアンス規定違反になりそうな勢いで、ブ男は将来の成果を断定的に約束した。
「ホントですか? 自分の子なのに大丈夫ですか?」
「ええ! 私が保証します」
あ~ぁ、ゆーてもーた。
「あなたの身体的特徴は一切表に出しません!ご安心ください」
「そ、それもねぇ……」
そこまで言われるとかえって醒めるものだ。一般消費者の心理とはホント、ネコの目のように移ろいやすい。ってネコの目なんか観察したことはねーが。
でも、ブ男は落ち着いている。これまで何千もの男を決心させた実績の持ち主であるブ男は、こんなところで引き下がるような半端モンじゃない。
「ご主人! この期に及んで何を迷ってらっしゃるんですかっ! いいですかよく考えてください」
ブ男は身を乗り出して凄んだ。
「あなた、出したいですか? あなたのその特徴!
毎朝しっかり髭剃りしたはずなのに、夕方にはもううっすら青くなるその口回り!
それにその身長! 満員電車の中で窒息しそうになるチビのくせに横幅だけは人の倍もあるから座席に座ると隣の人から胡散臭い目で見られる!
そんなあなたの特徴を表に出したいですかっ?
これまで味わってきた数々の苦痛屈辱を、あなたの愛する子供さんにも味わせたいのですかっ!?
あなた、お父様ですよ。そんなこと、子供に課す親なんかこの世にはいないっ!」
ここが正念場と踏んだブ男の説得はやけに力強い。ガマガエルのようなブツブツの額に汗がじわりと滲んだ。
「う~ん…… でも、その子が自分の子であることが……」
男は住宅ローンを組む直前の甲斐性なしと同じように躊躇った。いるんだよなぁ、こういうやつ、という露骨な顔をしてブ男はイラついた。
「大丈夫です。必要なら当医院でDNAのどことどこを交換したか、ちゃんと証明書出しますから」
「そ、そこまでしてくれるんですか?」
「はい! 要望されるお客様も多いですよ」
他の客も躊躇するもんだと言われると、男もなぜか安心する。小市民とはこんなものだ。
「それでもご心配なら、……」
ブ男は、とっておきの切り札がある、と言わんばかりの勿体ぶった言い方で男の興味をひいた。
「なんですか? ほかに何かいい方法でも?」
「ここまで懸命に考えてらっしゃるご主人のためです。あまりほかの人にはお勧めしていませんが他の方法も確かにあります。
ゲノム編集ははっきり言って、面倒だし価格も高い。もっとリーズナブルな方法がなくはないです。
もし、お客様がどうしても、って仰るなら、特別に手配いたしますが……」
「な、なんですか、それは!」
男は食いついた。一生涯の買い物と言われても、そこそこ値段の張るゲノム編集はやはり高嶺の花だ。男はブ男の胸ぐらを掴みかからんばかりに迫った。ブ男は生臭いイワオ似の男の顔を避け、おもむろに代替策を説明し始めた。
「それはですね……もともとそういう遺伝子を持っている人の精子を奥さんに注入すればいいんです…… ラブ注入♡、ですね」
ブ男はヤマピーの口真似をしながら、胸元に手で♡マークを作って見せた。こいつ……やっぱ関西人じゃねーな。
「でも、それって、私の子、と言えるんですか?」
「な〜んも心配ないっしょ。出生届出しちゃえばこっちのもんです。幸いなことに出生届にゲノム情報を添付する必要はないし、わかりゃしませんよ。
それに、こっちの方が神の摂理に近いと
えば近いし」
男は悩んだ。そうだよな、別に黙ってりゃわかんないよな、そうも思った。
だが、なかなか踏み切れない。決められない。いざとなった時、男という生き物は情けないものだ。
その様子を見ていたブ男は、やれやれという様子で最後の言葉を用意した。逡巡する男というものは最後に背中を押されないと何事も決められないものだ。
「ご主人、大丈夫です。誰もがやってることです」
……
10か月後、オカリナ似の奥さんから、カワ(・∀・)イイ!!女の子が生まれた。カワ(・∀・)イイ!!その子がデザイナーベイビーであるか、ただの種違いかは誰も知らない。ひとつだけ確かなことは、この子はイワオには似ていない、ということだけだ。
だが、それに違和感を持つ者はいない。周囲を見渡せば、よく似たカワ(・∀・)イイ!!子だらけなのだ。
「なんか、つまんないね」
オカリナ似の奥さんがポツリと呟いた。
メトロポリスの夕闇は、デザイナーズマンションにも、二階建ての木造アパートにも等しく訪れた。イワオ似の男とオカリナ似の女は、互いの顔を見つめてプッと吹き出した。それはとても幸せそうな顔だった。
おしまい。。
※フィクションです。登場する固有名詞はどの芸人、俳優さんにも関係がありません。また、正当な医療行為を揶揄するものでもありません。
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
お口直しにこちらの映画どうぞ。
『GATTACA』 今こそ見るべき素晴らしい映画です。この機会にぜひ。
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2,000円
Amazon
監督:Andrew・Niccol
出演:Ethan・Hawke、Uma・Thurman、Jude・Low
音楽:Michael・Nyman
|
ゲノムが激しく面白すぎる件
僕らはみどりちゃんから、カーネーションのCHI遺伝子、DFR遺伝子など遺伝子のクローニング、すなわちDNAの中から、目的のタンパク質の情報を持った部分を特定し、その部分だけを単離し、増幅する方法を優しく学んだ。
「みどりちゃんのおかげで、植物からどうやって目的の遺伝子を取り出すのか、よくわかったよ。ありがとう」
「いいえ。意外に力仕事なんです」
「えい! って感じの多少のひらめきを元に」
「目的の遺伝子部分の特定。これが結構難しいですね」
「隆は褒めてたよ。みどりちゃんは遺伝子取りの達人だって」
「そんなことないです。隆先輩もすごいです」
「隆先輩の研究テーマは生物化学においての天然物化学、酵素、そしてゲノム編集を含む遺伝子工学と幅広いのに、楽々とこなしています」
「うちの正も、研究分野が幅広いのに、いろいろ楽々とこなしているんですよ〜」
「恵ちゃん! ちょっと待った」
「まずは、みどりちゃんの話を最後まで聞こうよ」
みどりちゃんが話を続ける。
「天然物化学の目的は有用な物質を発見し、それが本当に有用であるかを確認し、もし有用ならば、その供給法を確立することにあります」
「天然物の単離、構造決定、そして合成です」
「なんだ、隆の研究、僕らの一連の色素の研究にそっくりだね。僕らには合成はないけれど」
「ある意味、皆さんの研究は私たちの研究にとても近いんです」
「私たちの生命工学研究室の目的は、工学的に、例えばタンク培養などで目的物の合成を行う」
「皆さんの研究は遺伝子を見つけて植物に組み込む、あるいはその情報を元に育種をすることで、植物自身で、例えば色素の合成を行わせる、というところが少し異なります」
「私たちの研究は、研究の過程で発見される酵素利用、目的物を合成するための遺伝子利用、そしてその合成の工学的手法、そんな風に研究が繋がっていきます」
「正先輩方は、園芸学から少し離れた自由研究の中で天然物科学、遺伝子の研究をやっているからすごいと思います」
「正先輩や恵先輩の色素研究、義雄先輩の遺伝子研究。うまく繋がって、スムーズにことが運んでいると思います」
「いや、僕のは大部分がみどりちゃんのおかげ」
義雄が照れ臭そうに答える。
「みどりちゃん。元々はどこかのおてんばさんが、カーネーションのオレンジ色の秘密を解明したいと言ったことから始まって……」
「繰り返しますが、うちにもいろいろな仕事を、スムーズにこなす輩がいるんです」
恵ちゃんは、ニコニコしてみどりちゃんに話す。
みどりちゃんは微笑む。
「恵ちゃん、僕は楽々ではないよ」
「恵ちゃんのためだよ、全く……」
「そう、実は正しくん、忙しくて、そして貧乏なんです」
みどりちゃんが、大きめの笑い声でフフフと笑う。
「貧乏は余計だよ」
「あら、こういう句があるのよ」
「正くんに、つるべ取られてもらい貧乏」
「誰、そんな句を読んだのは?」
「さあ?」
「朝顔や、つるべ取られてもらい水、でしょ?」
「句の意味は、ある朝、井戸に水を汲みに行ったらつるべに朝顔のツルが巻きついていて、水を汲むには、その朝顔を取らなければいけない」
「でも、あまりにもキレイな朝顔なので取ってしまうのはあまりに惜しいから、このままにして隣へ水をもらいにいきましょう」
「そういう意味だよ」
「どこから、つるべ取られてもらい貧乏、という発想が生まれる?」
「アメリカ行っても、1年間、庭師の給料だけだから貧乏、続きそうだしね〜」
恵ちゃんは、カラカラ笑う。
みどりちゃんも大きく笑う。
「何より、誰がアメリカ行き、僕に決めた?」
「あら? 違うの?」
「もう流れができているじゃない」
確かに、僕がアメリカ行きの流れに乗せられている。
「お祝いに、滅多に行かないけど、バーガーショップに行こうか?」
恵ちゃんが、思いついたように話し出す。
「生協の2階の、喫茶ラ・ヴァルスの奥隣」
「なんて言ったっけ?」
「トムズドック」
みどりちゃんが答える。
「そうそう、トムズドック」
「確かアメリカンドックみたいのがあったと思う」
「あった、あった! 思い出しました」
「じゃあ、大樹くんはいないけど、みんなでお祝いね!」
みんなで、きゃっきゃ、きゃっきゃ盛り上がっている。
「アメリカンドック? あの、僕さ……まだ……」
僕は実験室の方へ、恵ちゃんの手を引き連れ出す。
「あのさ、僕。1年間、恵ちゃんを抱けないなんて耐えられない」
「そうきたか」
「下半身で答えないでよ正くん。正くんには賢い頭があるでしょうが」
「まだ6月よ?」
首を傾げて恵ちゃんは優しく微笑む。
ゲノムでキュートに!
オープニングのこの美しい映像は……
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映画『GATTACA』より 「The Departure」
皆さんこんばんは。
ここ数日、ゲノム編集で誕生した(と言われている)双子のことが話題ですが、それに関連して耳にする「デザイナーベイビー」という言葉。
今夜はこの言葉に触発されて思いついた短編をアップしてみます。ちょっとおふざけが酷いかな……
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
男は、ある病院の一室で短い啓蒙ビデオを見せられていた。
「♡ ウェルカム マイ デザイナーベイビー ♡」
小洒落たデザイナーズマンションのリビングからメトロポリスを見下ろす様子を背景に、♡マークで囲まれた文字が浮かび上がった。昔は出産を控えた妻を持つ男が父親学級に参加したらしいが、今は子供を持ちたいと思うや否や、なぜか近くの産婦人科でこのビデオを見せられる。政府が新たに決めたコンプライアンス規定らしいが、男は頻繁に出てくるピンクの♡マークが、よく通う風俗のお店を思い出させて落ち着かなかった。
画面はマンションからの遠景に続いてごく普通の男女を映し出す。ショッピングモールで出会いそうなふたりでな~んの特徴もない。夫役は俳優のオイカワに似ているが、妻役はダンレイさんには似ても似つかない。そりゃそうだろ、妻がダンレイさんなら、そもそもデザイナーベイビーじゃん。
そんな男のひとりツッコミはさておき、映像はふたりに挟まれた青い目のベイビーに変わる。やわらかな金髪が、なぜか風にそよいでいた。
「どうです? ええやんこれ、って思いましたよね?」
小指にデカいカレッジリングを嵌めたブ男が、中途半端な関西弁で話しかけた。( ̄▽ ̄)ニヤリと笑う下品な顔が醜い……そう、ケイシイタカミネみたいだ。
「ええ、まぁ…… でも私には関係のない世界ですけど」
そりゃそうだ。
男はフットのイワオに似ている。あいつはブサカワだが、おまえはただのブサイクと言われ続けた。どこがどう違うんだ? と鏡を見るがブサカワとブサイクの区別はなかなか難しい。
「それに、ヨメハンも……」
そう言いかけて止めた。男の妻はオカリナに似ている。が、見ようによってはカワ(・∀・)イイ!!じゃねーか、男はマジでそう思っているのだ。
「いえいえ、ご主人。ご主人さえご決断なされば、こんな顔くらい、おちゃのこさいさいですから」
胡散臭いカレッジリングのブ男は自信満々にお茶漬けを掻っ込む真似をして( ̄▽ ̄)ニヤリと笑った。笑いのツボが違うから、関西人ではなさそうだ。
そんなことにはお構いなく、ブ男はおもむろに螺旋のDNAモデルを男の前にデンと置いた。前置きは終わったらしい。
「いいですか、ご主人。子供の身体的特徴というのはですね、こことここ、それからここもかな。まあこっちも入れとくか、ついでにここ……、まあこんなもんだろ。ねっ、ご主人、この三っつ四っつのパーツをちゃっちゃっと切ってですね、お好みのパーツと交換するだけで、どーにでもなるんですよ」
ブ男は塩基モデルのいくつかを別の色のものに取り換えて、ほら、と男の前に差し出した。男が手にしたモデルは、もう何千回も使い廻されているのだろうか、一部が欠けたり色が剥げたりしている。
「ここを交換するとどうなります?」
男はぐるぐるとモデルを回しながら、生々しいピンクで色付けされた塩基のひとつを指先でつまんでみた。
「そこですか? えーっと、ちょっとお待ちくださいね…… ABの775568番ね…… あー、そこはおっぱいのサイズですね。デフォルトは1ですが2にして豊満にもできますよ。そうします?」
「えっ…… 妻のでもないしなぁ、デフォルトでいいです」
「そうですね。バランスが妙なのもね。ここはデフォルトがお勧めです」
そう言って、ブ男はピンク色の塩基をなぜか嬉しそうにスリスリした。
「こんなふうに作り上げていくんですよ。楽しいでしょ? 突然生まれてこんにちわ、と言われるより、おー、これがオレの作り上げた作品かぁ、とお父さん方は皆さん満足されるようですよ。実際、自分の子供かどうかなんて男にはわからないものですしね」
ブ男の言葉は、確かに、と納得させるものがあった。男は昔からプラモデルには目がない。パーツのひとつひとつを丁寧に色づけしてから嵌め込むこと自体が楽しいことはよく知っているのだ。意外に楽しいかも、男はそう思い始めていた。
「ここをこれに変えるとオリンピック出場選手クラスの運動能力を手に入れられます」
ブ男は薄茶色の塩基をテカテカした褐色のモデルに変更した。
「そ、そんなこともできるんですか?!」
「ええもちろんで
。ただし、これは現時点での能力ですから、20年後の標準記録を上回れるかどうかまでは保証しませんけど」
「そこを保証してもらう方法はないんですか?」
「そこはオプションになりますね…… 医療点数が+200となりますがどうなさいます? 足しときます?」
「そ、そうですね。同じなら、やっぱり……」
「ですよね~。一生に一度のお買い物ですもんね。皆さん、このオプションは選ばれます」
ブ男は褐色のパーツに嵌めかえると、やはり嬉しそうにモデルをスリスリした。
「ほら、お父さんもやってください。こうやってスリスリしてると愛情沸きますよ」
そう言われてただのプラスチックをスリスリしてみると、ソフトラバー製のモデルは妙に生温かく、父性本能を刺激した。
「でもなぁ…… ボクは髭濃いし。背も低いし小太りだし……」
男は楽し気な顔を曇らせた。毎朝見ないわけにはいかない鏡に映る自分の顔でも思い出したのだろう。
「ですから、大丈夫ですって。関係ないですから、あなたには!」
ブ男は断言した。おいおい、そう断定的に言い切っていいのかよ、金融商品取り扱いならきっとコンプライアンス規定違反になりそうな勢いで、ブ男は将来の成果を断定的に約束した。
「ホントですか? 自分の子なのに大丈夫ですか?」
「ええ! 私が保証します」
あ~ぁ、ゆーてもーた。
「あなたの身体的特徴は一切表に出しません!ご安心ください」
「そ、それもねぇ……」
そこまで言われるとかえって醒めるものだ。一般消費者の心理とはホント、ネコの目のように移ろいやすい。ってネコの目なんか観察したことはねーが。
でも、ブ男は落ち着いている。これまで何千もの男を決心させた実績の持ち主であるブ男は、こんなところで引き下がるような半端モンじゃない。
「ご主人! この期に及んで何を迷ってらっしゃるんですかっ! いいですかよく考えてください」
ブ男は身を乗り出して凄んだ。
「あなた、出したいですか? あなたのその特徴!
毎朝しっかり髭剃りしたはずなのに、夕方にはもううっすら青くなるその口回り!
それにその身長! 満員電車の中で窒息しそうになるチビのくせに横幅だけは人の倍もあるから座席に座ると隣の人から胡散臭い目で見られる!
そんなあなたの特徴を表に出したいですかっ?
これまで味わってきた数々の苦痛屈辱を、あなたの愛する子供さんにも味わせたいのですかっ!?
あなた、お父様ですよ。そんなこと、子供に課す親なんかこの世にはいないっ!」
ここが正念場と踏んだブ男の説得はやけに力強い。ガマガエルのようなブツブツの額に汗がじわりと滲んだ。
「う~ん…… でも、その子が自分の子であることが……」
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「大丈夫です。必要なら当医院でDNAのどことどこを交換したか、ちゃんと証明書出しますから」
「そ、そこまでしてくれるんですか?」
「はい! 要望されるお客様も多いですよ」
他の客も躊躇するもんだと言われると、男もなぜか安心する。小市民とはこんなものだ。
「それでもご心配なら、……」
ブ男は、とっておきの切り札がある、と言わんばかりの勿体ぶった言い方で男の興味をひいた。
「なんですか? ほかに何かいい方法でも?」
「ここまで懸命に考えてらっしゃるご主人のためです。あまりほかの人にはお勧めしていませんが他の方法も確かにあります。
ゲノム編集ははっきり言って、面倒だし価格も高い。もっとリーズナブルな方法がなくはないです。
もし、お客様がどうしても、って仰るなら、特別に手配いたしますが……」
「な、なんですか、それは!」
男は食いついた。一生涯の買い物と言われても、そこそこ値段の張るゲノム編集はやはり高嶺の花だ。男はブ男の胸ぐらを掴みかからんばかりに迫った。ブ男は生臭いイワオ似の男の顔を避け、おもむろに代替策を説明し始めた。
「それはですね……もともとそういう遺伝子を持っている人の精子を奥さんに注入すればいいんです…… ラブ注入♡、ですね」
ブ男はヤマピーの口真似をしながら、胸元に手で♡マークを作って見せた。こいつ……やっぱ関西人じゃねーな。
「でも、それって、私の子、と言えるんですか?」
「な〜んも心配ないっしょ。出生届出しちゃえばこっちのもんです。幸いなことに出生届にゲノム情報を添付する必要はないし、わかりゃしませんよ。
それに、こっちの方が神の摂理に近いと
えば近いし」
男は悩んだ。そうだよな、別に黙ってりゃわかんないよな、そうも思った。
だが、なかなか踏み切れない。決められない。いざとなった時、男という生き物は情けないものだ。
その様子を見ていたブ男は、やれやれという様子で最後の言葉を用意した。逡巡する男というものは最後に背中を押されないと何事も決められないものだ。
「ご主人、大丈夫です。誰もがやってることです」
……
10か月後、オカリナ似の奥さんから、カワ(・∀・)イイ!!女の子が生まれた。カワ(・∀・)イイ!!その子がデザイナーベイビーであるか、ただの種違いかは誰も知らない。ひとつだけ確かなことは、この子はイワオには似ていない、ということだけだ。
だが、それに違和感を持つ者はいない。周囲を見渡せば、よく似たカワ(・∀・)イイ!!子だらけなのだ。
「なんか、つまんないね」
オカリナ似の奥さんがポツリと呟いた。
メトロポリスの夕闇は、デザイナーズマンションにも、二階建ての木造アパートにも等しく訪れた。イワオ似の男とオカリナ似の女は、互いの顔を見つめてプッと吹き出した。それはとても幸せそうな顔だった。
おしまい。。
※フィクションです。登場する固有名詞はどの芸人、俳優さんにも関係がありません。また、正当な医療行為を揶揄するものでもありません。
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
お口直しにこちらの映画どうぞ。
『GATTACA』 今こそ見るべき素晴らしい映画です。この機会にぜひ。
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監督:Andrew・Niccol
出演:Ethan・Hawke、Uma・Thurman、Jude・Low
音楽:Michael・Nyman
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ゲノム 志望校が母校になる。
やはり中国でした しかも人の受精卵で双子が誕生ということです
功名心にかられたとしか思えない暴挙です、許しがたい
気が向いたらぽちっとお願いします→
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会社、コンクリート。帰ったら、ゲノムの家。妻、美人。
こんにちは
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ご登録いただきました!
ありがとうございます(*´꒳`*)♡
お母さんをバカにしているところから、
抜け出せないと、
LINE@でご相談いただきました(*´꒳`*)
あなただけの考え方で、
あなただけの価値観で
あなたは生きている。
あなただけの過去。
あなただけの今の感じ方。
あなただけの心臓。
あなただけの遺伝子
(一卵性双生児?ゲノム修飾が違うから、遺伝情報はあなただけのものだよ)
あなたの変わりはいない。
あなたは唯一無二の存在。
あなたはあなたにしかなれない。
心の奥底で
それに気が付けたのなら、
もうそれって
ダイヤモンドを
思い出してるって
ことだよね??
上も下も、
良いも悪いも、
存在しない。
全員が、
光り輝くダイヤモンド。
え?
まだ信じられないって??
あなたは、このブログを
見つけられてるんだから、
もう答えはすぐそこだよ(*´꒳`*)
あやのとおしゃべり、
LINE@からどうぞ(*´꒳`*)
↓↓↓
いただいた内容は、お名前を伏せた上で、ブログ掲載させていただくコトがあります
タイムリーではないかもですが、100%既読します。返信があったらスーパーラッキー