エスカレーターも、色々ほしいよね
夢は叶う。俺もサンタクロースになりたいと思っていた。届いたプレゼントを抱えて目を輝かせている子供たちの姿を見た時、彼はどれほど幸せな気持ちになれるのだろう。きっと子供たち以上に嬉しいはずだ。そうでなければ、毎年やって来るはずがない。大人になって自分がサンタクロースになった時、クリスマスがずっと続いてほしいと思った。笑顔を送ると、自分も笑顔になれる。来年も、いや、これからもずっと、俺はキミたちと笑っていたい。
近付いてくるクリスマスの匂いを感じながら出勤したある日のことである。手術(【】参照)の為にしばらく休むことを婆さんたちに伝えなければならない。だが、どう話せば良いのだろう。少しも衰えを感じさせない婆さんたちではあるが、何しろ90歳に迫るご高齢である。ショックを与えて倒れられては困る。言葉を見つけられないまま作業に出て、エスカレーターを清掃していると、婆さんたちがのそのそと歩いてきた。
「会長、サブさん、お疲れ様です。手ぶらで何してるんですか…」
「もう終わったのよ。あんたもお茶に行かない?」
「おっ、終わったってどこが? まだ30分しか経ってないじゃないですか…」
「トイレのゴミ回収を終わらせたのよ」
「そうですか…。まぁ、寒いですから、身体を温めながら働きましょう。俺もここが終わったら行きます」
「あら、今日は随分素直ね。もう休憩ですかって言われるのかと思ったわ。あんた、どこか悪いんじゃない?」
「いっ、いや…、健康ですよ」
「そう…、気のせいならいいわ」
本当に気のせいであってほしかった。そうであれば、どれほど救われたことか…。チクチクと痛む左脇を無意識に庇いながら働いていたのだと思う。痛みで顔をしかめたこともある。婆さんたちはそんな俺を見ていたのだろう。いつまでも隠し通せるものではない。俺は作業を切り上げて詰所へ戻った。
「かっ、会長…、じっ、実はですね…、明日からお休みをさせていただくことになりました」
「新しい仕事でも探すの?」
「違いますよ…。転職しようと思って試験を受けましたけど、見事に落ちました。健康診断の結果が原因で…」
「あんた、甘いものばかり食べているから、血糖値が上がっていたんじゃないの?」
「いや…、肺に影があって…。違う日に別の病院で精密検査を受けたら、癌が見つかりました。腋窩に転移しています。朝からこんな話をして、申し訳ございません…」
「がん? 鳥じゃないわよね?」
「鳥の雁じゃありません。肺の癌です」
「そう…、嘘じゃないみたいね。どうしてあんたみたいな人が病気になるのかしら…。アタシなんて何も悪いことをしていないのに、こんな歳まで生かされて…。おかしいわよね…」
「そんなこと言わないで長生きして下さいよ」
「長く生きるのはね…、幸せなだけじゃないのよ。悲しいことをたくさん目にして…、大切な人をたくさん見送って…、自分だけが残されていく気持ちが分かる?」
「……………」
長生きは幸せなだけじゃない…、婆さんの実直さが凝縮された一言だと思った。これまでそんなふうに考えたことはなかった。人生の先達(せんだつ)に対して、決まり文句のように口にする長生きの称賛は、それが偽りのない思いであったとしても、あまりに身勝手な言葉なのかもない。生きているのは自分だけではなくて、必ず残される人がいる。自分の命が絶えても、残された人の人生は続いていく。その人たちが背負っている悲しみに目を向けることを忘れてはいないだろうか。俺は家族に、大切な人たちに、そんなものを背負わせたくない。だから、まだ生きたい。
「…妹子さんは何て言ってるの?」
「妹子には…、いや、妻にはまだ話してないんです」
「あんた、馬鹿なんじゃないの! アタシはそんな人の顔を見たくないわ…。今すぐ帰りなさい!」
「いっ、いや…、そんなことを言われましても…」
「帰りなさいって言ってるのよ! あんたが帰らないなら、アタシは今ここで仕事を辞めるわ!」
「かっ、会長…」
婆さんは本気で怒っていた。俺は本当に大馬鹿者だ。自分が妻の立場だったら、どれほど悲しいことだろう。健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、…そう誓ったではないか。
「清掃氏さん…、会長さんは怒っているんじゃなくて泣いているんだよ。そんな姿をあんたに見せたくないのさ。だから、帰ってあげてくれないかい? ワシも会長さんも待っているよ。大丈夫…、癌なんて治る。ワシの唄、また聞かせてあげるよ」
「サブさん…」
俺は黙って荷物をまとめ、詰所を出ようとした。そして、そっと扉を閉めようとしたその時、婆さんたちが勢いよく拳を振り上げた。
「エイエイオー! エイエイオー!」
「会長…、サブさん…、必ず戻ってきます。だから、待っていて下さい。どうかお身体を大切に…」
こうして俺は最後の出勤日を終えた。いや、最後になんてしない。いつまでも婆さんたちを待たせてはおけない。俺は…、またここへ戻ってくる。
荷物を抱えて帰宅すると、退院したばかりの妻が眠っている赤ちゃんを優しく見つめていた。長女の時も同じことを思ったが、こんなに小さいのに爪もまつ毛もしっかりあって、なんて精巧なのだろうと感心してしまう。身体を撫でると、ビクッと反応した。人間てすごい…。
「あなた、まだ午前中なのにどうしたの?」
「いや、しばらく休むことにしたんだ。育児休暇じゃないよ」
「えっ…?! じゃあ、どうして…?」
「こないださ、脇の下が痛いって言って病院へ行ったよね…。その時にさ、癌が見つかったんだ。すぐに話せなくてごめん…。妹子には心配をかけたくなかったし、元気な赤ちゃんを産んでほしかったから…」
「あっ、あなた…」
「本当にごめん…。でも、俺…、絶対に負けないよ」
泣き出すと思った。だけど、違った。妻は顔をこわばらせながら必死に笑ってくれた。母になって、本当に強くなった。
「大丈夫! あなたが負けるわけない! 今までだってたくさん乗り越えてきたよね!」
「うん、大丈夫! チャチャッとやっつけちゃうから!」
「うん、チャチャッとだよ!」
俺は妻をギュッと抱きしめた。こんな俺を愛してくれる妻を一人にはさせられない。もっとたくさんの幸せを贈って、ずっと一緒に笑っていたい。だから…、俺は生きる
妹子へ
もうすぐやって来るクリスマス…、今年も俺はサンタクロースになるよ。キミへのプレゼントはもう決めてあるんだ。喜んでもらえるといいな。小さいけど、重たくて片手じゃ持てないかもしれないよ。俺の気持ちだけじゃない。ブログを読んで下さった人たちの思いと、無限の愛が詰まっているんだ。多くの人のおかげで、作り上げることが出来たプレゼントなんだよ。クリスマスの夜、奇跡と軌跡をキミへ贈るね。
※画像をクリックするとAmazonの注文画面へ進めます。
文:清掃氏 絵:清掃氏・
読者の数や肩書きは関係ない。 読めない漢字や格好つけた言葉遣いも必要ない。 文章の上手い下手なんかじゃない。 自分の気持ちをどれだけ正直に言葉にできるか? 心を揺さぶられるブログには、真っ直ぐな言葉がある。 心の声を飾らずに言葉にしていきたい。
読者の皆さまへ
12月18日、玄武書房さまより、【】が発売予定です。好評であれば店頭に並びますが、当初はインターネットでの限定発売でスタートします(電子書籍ではありません)。全話リライト、書き下ろしあり、約300ページの大ボリュームです。是非お手に取ってご覧下さい。
本当に皆さまのおかげです。薄汚れた作業着を身に纏う清掃員の書くブログが、まさか書籍化されるとは…。ただ、目標はここではありません。映像化してこそ多くの人の心に響く物語だと思っています。その為には、まず私自身が病に打ち勝たなければなりません。しばらくの間、不定期の更新になりますが、変わらぬお付き合いをいただけましたら幸いです。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
清掃氏
※画像をクリックするとAmazonの注文画面へ進めます。
エスカレーター あなたにカンケイあるテレビ。
これ、見た目は物凄くどぎつい色ですが付けてみると明るいピンクで可愛いの!おばあちゃんは地味な色よりも、こういう色の方が似合うと思って。
おばあちゃんの白い肌に似合いそうな色。
大阪でエスカレーターが流行っているらしいが
これ、見た目は物凄くどぎつい色ですが付けてみると明るいピンクで可愛いの!おばあちゃんは地味な色よりも、こういう色の方が似合うと思って。
おばあちゃんの白い肌に似合いそうな色。
エスカレーター 関連ツイート
相変わらずエスカレーター下には入れず。明かりがついてたので作業中かな?お疲れ様です https://t.co/O6icyFz8pl
賛否が分かれるエスカレーターの乗り方。「忙しい、歩きたい」という声もあります。ならば、思わず立ち止まる方法はないか?そんな発想で取り組んでいる大学生たちがいます。信じるのはデザインの力です。
https://t.c…